会社への忠誠心は百害あって一利のみ|ベトナム経営者が語る(1)

私は日本人、妻はベトナム人、ベトナムのIT系の開発会社で経営者をしています。

日本で働いていたころは、どちらかといえば会社ファースト。

「他人は他人」「家族は大事」というのは、ずっと心にとどめ、「自分にとっても利益になるからこそ、会社を大事に考える」という考え方でした。

ですが、サービス残業での徹夜をいとわず、物事の決断も会社のため、みんなのためと、どちらかといえば「会社ファースト」だったと思います。

つまり、私自身「会社へのロイヤリティ(忠誠心)」を理解した上で、しかも経営者・管理者視点から、あえて、会社への忠誠心は百害をもたらすと断言するのです。

封建制度じゃないんだから!

現代昨今、情報化社会。

目の前の主君に忠誠を誓うことで社会体制を維持できていた時代とは違います。

中世の美学は現代の美学ではない。

主君に盲目的に忠誠を誓うことが、社会体制の維持に必要だったからこそ、かつては美談とされていただけです。

企業への入社は、職業選択の自由によるものであり、労働契約に基づき勤めています。

なので、業務に関わらないことを強制されるいわれはない。

にもかかわらず、時代錯誤の封建的な社員をサムライと呼びましょう。

ベトナムではどうか

これは日本と同じです。

社風は会社によりさまざまです。

が、全体として、転職への抵抗がかなり薄いですし、若い人が多いためか、割合としては仕事・会社に対してサバサバしている人が多い印象です。

だからこそ、会社ファーストを求めたい考えを改めざるをえなくなり、かえって、そのメリット、デメリットに気づく結果となりました。

サムライはなぜ迷惑か

会社への愛着や満足だったらいいんです。

また、他人に影響を与えるタイプでなければ、それはそれで個人の自由ですが、次のようなデメリットが考えられます。

  • 社員の多様化を阻害する
  • Yesマンになってしまう

社員の多様化を阻害する

  • がんばりすぎてしまうこと
  • 自己流の正義を他人に押し付けてしまうこと

会社へのロイヤリティが高い人は、えてして、がんばりすぎてしまいます。

がんばりすぎると、自分よりがんばっていない人が、無能で怠惰に見えます。

プライベート時間削ってがんばる人は結果も出して、会社の重要なポジションに行きやすいです。

そうすると、たとえ直接言われなくても、それを感じとり、いやいや「がんばりすぎる」か辞めてしまいます。いやいや「がんばりすぎる」人も、いやいやなので、続きません。それどころか、あることないこと、想像や噂話をさもありなんと既存社員に不平不満を撒き散らして去っていきます。

また、会社のためにと考えすぎて、「こうすべきだ」という独自の社内正義…それも得てして、ただの精神論、根性論でしかないものを、後輩に押し付けていく。

本来、会社という組織である以上、多数の人間があつまることで、さまざまな可能性が産まれていきます。

それが、一部のサムライの好みに合わないだけで会社にいづらくなり辞めるか、辞めるならまだいいが、勤労意欲を弱められたまま辞めず、ただのコストになっていく。

仕事も結局人間関係なので、相性は非常に大事だが、それは本当に経営者の意に沿った選別なのか?

Yesマンになってしまう

これは勘違いしないで下さい。

Yesと思っていないのにYesマンになるという意味ではないです。

ロイヤリティが高すぎるというのは、順応性が高すて、経営者に発想にあわせようとしすぎてしまう。

自経営者のいうことは、自然に「もっともだ」と考える思考回路になってしまう。

すると、経営者が意見をほしいときにも、その想像をこえる意見が出てこなくなってしまう。


今いる会社に疑問があるなら、技術者の転職優位なこのご時世。視野を広げるためにも相談だけでも、いってみてはいかがでしょう。

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