なぜUncle ホーチミンは英雄から神になったか

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ちょっと想像してみました。

ホーチミンさんがなぜただの「英雄」から神様のようにまつられるようになったのか。

国策によるところもあるでしょうが…。

ホーチミンさんはベトナム解放の英雄ではあるが、実は、サイゴン陥落によるベトナム戦争の集結、解放記念日とされる日よりも前に亡くなっている。

これが大きいのではないかなと思いました。

歴史上の数々の人物、近代では中国の毛沢東もそうです。
解放・独立の英雄が政治家になると、その後はえてして、悪政、虐殺や粛清により、英雄であると同時に悪名をも残してしまうことも多い。

もしかしたら、ホーチミンさんは解放後も清貧を貫き、上記のような苛烈な施政もしなかったかもしれないですが、だからといって国土復興の過程における良い政治家となるかはわからないし、いずれにしろ、平和な時期の政治家はどうやったところで批判もうける。

まして、当時は北側と対立した反共勢力も存在するので、個人としてどれほど潔癖だとしても、やはり負けた方の勢力、立場として損をしてしまった側からの批判はまぬがれえない。

妻に聞くと、ホーチミンさんはベトナム戦争の前にも、首相や国家主席を歴任したが、服が破れても繕って着て、靴が壊れても修理してはいて、ぜいたくをせず清貧を貫いていたことを示す映像などを学校?テレビ?で見るらしいです。

今いろいろ調べると、フランスとのインドシナ戦争で独立を勝ち取ったあとも、立場上は国家元首であったが、実際の政治からは身を引いたのも、自分の役割が「独立」「解放」までだと理解し、立場に固執しなかったせいかもしれません。

私利私欲を感じさせない人物像だけではなく、独立解放後に政権を握らなかったことが、ホーチミンさんへの英雄視どころか、神様に近いレベルで今も多くのベトナム人に敬われている要因だったのかもしれません。

妻からよく聞くのは、先祖の写真より上にホーチミンさんの写真をかざる家庭すらある。

ホーチミンさんが存命の当時に生きていたおじいさんおばあさんがそのようにするのだから、国による「教育」だけのものではないですね。

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